忍者ブログ
 
 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

※ティア、アニスの死ネタがあります。





「導師トリトハイム!」

バチカルの牢獄の中で鬱屈としていたティアは、教団のトップに立つ上司の訪れに、歓喜を浮かべて鉄格子まで走り寄った。
穏健派の信望が厚く、好意的とまではいかなくてもディートリッヒのように反目はしていなかったトリトハイムなら、てっきり自分を解放してくれるのだと、最初はそう思った。
しかし僅かに廊下を照らす明かりで見えるようになったトリトハイムの表情の想像とは違う暗さに戸惑い、またその表情のように暗い何かを突きつけられる予感に身体が震えた。
掴んだ鉄格子の冷たさよりも低く、心の芯を冷やされていくような気分になり、寒いのに鉄格子を掴む手はじっとりと汗ばんで滑りそうなほどだった。

「処刑される前の、せめてもの慈悲だ」

陰鬱な声音でトリトハイムが告げた言葉に、ティアは唇を戦慄かせ、震える舌を必死に動かそうとして呻くような声を漏らす。

どうして、そんなはずがない、これは何かの間違いです。
幾つもの言葉が脳裏に浮かんだが、付けられている首輪よりも強い力で締められているかのように、ひとつとして声に出せなかった。

「お前たちが考えている以上に、教団の状況は危うかったのだ。キムラスカやマルクトの寄進やケセドニアの関税の減少による財政難だけではない。未だに預言遵守を掲げる者、ユリアを盲信する者、預言を盾に世を動かしていた頃を忘れられない者、キムラスカとマルクトの預言離れに反感を抱く者、関税の旨味を取り戻すためにキムラスカとマルクトを再び戦争状態にしようとする者・・・・・・内部の危険分子を抑えるのももう限界だった。ただでさえキムラスカからもマルクトからも警戒されているというのに、何れ彼らが暴発してキムラスカやマルクトにまで被害が及ぶほどの騒乱を起こせば、二国を敵に回して攻め滅ぼされる恐れさえあった。そうなれば教団や騎士団のみならず、このパダミヤ大陸の民にまでどれほどの犠牲が出るか。それよりは例え弱体化してでも、教団を存続させ、戦禍から民を守り、キムラスカとマルクトの警戒を緩和する道を選ぶしかなかった。──例え領土の半分を失い、騎士団を失い、監視者領に見張られながらであっても」

最後の『監視者領』の意味はティアには理解出来ず、ただかつて監視者の街を名乗っていたユリアシティの情景が呆然とした頭に浮かんでは消えていく。
そして何時の間にか、ルークを見張ってやっていた時の、まるでルークの監視者のようなつもりでいた頃を思い出すが、かつてのような誇らしい記憶ではなく、この現状に繋がる苦い記憶になっていた。

「そのためには、教団の膿を絞り出し、改革に反対する者たちとともに纏める必要がありました。けれど纏まった派閥になれば、下手に動かれれば危うくもある。担ぎ出される人間は、有能であってはならない。真の人望があってもならない。洞察力も思慮深さもなく、自惚れが強く、思うように動かしやすく、一時的には信望を集められても暴かれれば失望されるような汚点を持つ二人は適役でしたよ。隠した所で証人も証拠も拭いようもなく残している罪、どうせ何れ暴かれるなら有効に活用させて頂きましょう」

トリトハイムの後ろから表れ、言葉の先を続けた青年に、ティアは悲鳴にも似た引き攣った泣き声を上げ、聞いた言葉を、全ての現実を拒もうとするかのように、髪が怪談の幽霊絵のように乱れるのも構わず、激しく首を振り続けた。

青年はティア派に属する、というよりはティア信奉者のひとりで、淡麗な容姿と落ち着いた物腰、甘い響きの声で向けられる振るような称賛に、ティアは何時も苦しいほどに胸高鳴らせていた。
それがティアの自身とユリアの同一視に拍車をかけ、反目するディートリッヒに屈さなければならない時のティアの慰めにもなっていた。

その青年が、最初から自分を愚か者と見做し、だからこそ利用するために担ぎ出したのだと気付いたティアは、自惚れも希望も、心に秘めていた甘い想いも夢も、全てを打ち砕かれた絶望感に狂乱した。

「お前たちが引き起こした数え切れないほどの問題には苦労させられたが、それでも最後には役に立ってくれたな。お前たちの死は、教団の存続と、世界の安定のために一役買ったのだ。処刑される前に、せめてもの慈悲としてそれを伝えておこう」

そんなことは望んでいない。嬉しくない。

私が望んでいたのは、もっと別の──あなたとの──

乱れた髪から覗く目を潤ませ、救いと慰めを求めるように見つめても、戦慄く唇から何時か伝えようと思っていた言葉を絞り出そうとしても、青年はティアの方を見ようとも言葉を待とうともせず踵を返し、ただの一度もティアを振り返ることなく、トリトハイムと共に牢獄を去っていった。


その数日後、キムラスカに引き渡されていたティア・グランツは、バチカルで処刑された。
猿轡をつけられて刑場に引き出されたティアは、最期まで誰かを捜す様に、群衆の中に必死に視線を彷徨わせていたという。

同日、マルクトに引き渡されたアニス・タトリンも、グランコクマで処刑されていた。
最初は言い訳を繰り返していたアニスは、かつての仲間ジェイド・カーティスから悪し様に罵られた後は自失したようになり、最期までそのままだったという。

そして賠償として、パダミヤ大陸西部の南半分がキムラスカ王国に割譲され、国王の直轄地となった。

既に隣接するマルクト皇帝直轄地の暮らしが伝わっていたため、領民の不安や反発も少なく、そして同様にインゴベルトの派遣した代官の穏健な統治と重税からの解放によって以前よりも格段に向上する生活のうちに、キムラスカ領になったことを喜びの内に受け入れていった。


──その二年後、神託の盾騎士団は解散した。
同年にキムラスカ国王の直轄地になっていたパダミヤ大陸西部の南半分は、キムラスカ王国に属する南パダミヤ辺境伯領に、マルクト皇帝の直轄地になっていたパダミヤ大陸西部の北半分は、マルクト帝国に属する北パダミヤ辺境伯領になり、元神託の盾騎士団総長ディートリッヒ・フォン・シェーンベルクはキムラスカからは南パダミヤ辺境伯へ、マルクトからは北パダミヤ辺境伯へ封ぜられた。
以後、二つのパダミヤ辺境伯領は違う国に属しながらも同じ領主に統治され、ディートリッヒの子孫は代々二つのパダミヤ辺境伯位を継承し、ローレライ教団の監視者としての役割を担うことになる。

軍事力を喪失したローレライ教団は穏健派のトリトハイム導師の下で改革が進められ、警備や防衛は神託の盾騎士団に代わって新設された警備隊と、隣接するパダミヤ伯から派遣された騎士たちによって行われるようになった。
過激派や預言遵守派の蠢動はその後も幾度となく続いたが、その度にパダミヤ伯と導師によって大きな騒乱は防がれ、世界は安定を保ち続けた。
長く続くキムラスカとマルクトの平和、共同での数々の研究開発によって、音素の減少や資源等の問題も少しずつ解決し、人々の生活は向上していった。

──やがてそれが、オールドラントの黄金時代を招くことになる。





※最終話でやっと題名の監視者に。
インゴベルトとピオニー、ディートリッヒの兄のシェーンベルク侯爵とピオニー側近のシャガール伯爵は、最初からディートリッヒをスパイ(&ヘッドハンター、ハロワ)に、そして将来は監視者にするつもりで送り込みました。
トリトハイムさんも最悪の事態を避けて教団を再建するためにディートリッヒと手を組んでいて、ティアの信奉者のふりをしていた青年はトリトハイムさんのスパイです。

マルクト貴族の母とマルクト皇女の祖母を持つディートリッヒが選ばれたのも、教団に両国との関係改善を匂わせるためもありますが、将来はキムラスカ王国に属する南パダミヤ辺境伯領だけではなく、マルクト帝国に属する北パダミヤ辺境伯領の両方を統治するのを踏まえて、キムラスカ、マルクトの双方と関係が深い人物を選んだからです。
ダアトから領土の半分を割譲させても、キムラスカかマルクトのどちらかだけに属するのでは一国が得をすることになるので更に半分に分け、違う国に属する二つのパダミヤ領主に齟齬対立が発生したり、その隙を預言遵守派に付け入られたり監視の役目に支障が出るのを懸念して、いっそ連携を優先してディートリッヒひとりを両方のパダミヤ辺境伯にしました。

キムラスカとマルクトの和平と預言離れは、ダアトの既得権益、それも二大財源の寄進と関税の減額と結びついているので、信仰だけではなく利欲の方でも、ダアトの不満と妨害は根強く残り、キムラスカとマルクトからの警戒、敵対、戦争、教団解体フラグにもなりかねないと思います。

仮にアニスが女性導師になったとしても、モースが行方不明の時にも仲間への相談などの現状打破の努力をしなかった所や、嘘を嘘と吐き通せないことなのにジェイドに黙ったまま同行して、バレた時の怒りをより大きくしそうな態度をとっていたのを見ると、アニスが教団の改革を無事にできるともダアトの危険分子を押さえられるとも思えず、むしろアニスが教団のトップに立ったら教団内部もキムラスカやマルクトとの関係も余計に悪化しそうです。
ジェイドはアリエッタとの戦いで「私にしてみればあなたこそ我が部下たちの仇」と言っていましたから、アニスがタルタロス襲撃の手引きをしたことを知れば怒りそうですし、あの仲間たちは色々と隠していることや知られていなかったから追及されなかったこと、真相とは違う誤解の上での認識、仲間やその部下や身内への危害や迷惑、更には「こっそり持ってっちゃえば大金持ちだね」のように真相を知った上で思い返せば罪悪感のなさを感じさせて怒りを煽るような言動も多々あって、仲間の関係も、一件仲良くなったように見えても表面だけ、裏は問題ありまくりで何時裏返るか分からないものに見えて、アニスが女性導師になったとしても仲間の協力が得られるか、などEDのその後の仲間の協力関係にもあまり希望が持てません。

ティアなんて序盤の時点で、もう制服で公爵家襲撃&王族攻撃、自分のみならず上司とダアトに外交問題フラグ立て、イオンに報告連絡相談せず上司とダアトのフラグ悪化、更にそのまま使者一行の一員のように同行することで和平と救援失敗フラグ立て、ルークに真摯に謝罪して反省した態度をとるようなフラグ回避行動もせず、逆に面罵や戦闘や要求でフラグ悪化、実際の関係を隠した上に弟や生徒を叱る姉のような態度でルークに接することで、周囲の人間までそう誤解したり雰囲気に流されかねない状況を作りルークにまでティアへの態度を姉や教師への傲慢や無神経のように誤解され悪印象を抱かれるフラグを立てまくりと山ほど不味いフラグ立て、悪化、周りへの波及をやっちゃっていますし。

アニスもティアも、ジェイドたちも、自分のみならず他人や仲間や主や国に不味いフラグを立てまくり、報告連絡相談も自分でフラグ回避に努力するでもなく隠したりなかったことのように流すだけで、そのうち自分でも忘却したのか更に不味い言動でフラグを悪化させるということが多かったので、EDのその後もその姿勢のままでいそうなアニスもティアも仲間も、フラグ回避には向かない気がします。

アニスやティア以外の人間がトップに立って、相当な荒療治をして膿を出し、キムラスカとマルクトからの警戒を解かないと、キムラスカとマルクトとの敵対や戦争、教団解体フラグ回避は難しくなりそうです。




拍手[44回]

PR







担ぎ上げていたティアとアニスが、喧伝していた美名とは反対の悪行を暴かれて引き渡しや投獄になり、ティア派は混乱の坩堝にあった。
ティアの祖父であり、今まで散々に孫の美名を喧伝していたテオロードは、責任を追及されてユリアシティ市長の座を辞職し、更にティアの出世の便宜を図った者や、ティアを担ぎ出そうとした者への責めが相次いだ。
それを受け入れられず反発する者に居直る者、責任転嫁に同士討ち、果てはティアのご機嫌取りにかけた金が無駄になることへの不満や聖女の再来の婿になる当てが外れたことへの失望、入り乱れる悪意と失意は収拾がつかなかった。

そんな中、その混乱を作りだした張本人のディートリッヒの元に、二人の青年貴族が訪れていた。
ディートリッヒは長く離れていた実兄シェーンベルク侯爵と、知己のマルクト貴族シャガール伯爵との再会を喜び、そして同じ目的を共有する同志として固く手を握り合った。

「お久しぶりです。兄上、シャガール伯爵。兄上は例の賠償の件でこちらに?」

「ああ。ティア・グランツの件でパダミヤ大陸の西部の南半分がキムラスカに割譲されることになったので、私が処理を任された。暫らくはインゴベルト陛下の直轄領になるが、時が来ればお前が統治する地だな」

「かの地も教団の悪い噂や行く末への不安と財政悪化による増税に苦しみ、隣接する皇帝陛下の直轄領を羨んでおりますからな。キムラスカ領となるのを受け入れやすい心情になっておりましょう」

国王の直轄地をディートリッヒが統治するというシェーンベルク侯爵の言葉に、ディートリッヒも、そしてマルクト貴族のシャガール伯爵も驚くどころか予定調和のように話し続ける。

「スパイとしての任務ももうすぐ終わる。そうなれば、次は監視者としての任に就いてもらうことになるが・・・・・・」

「分かっております。これもキムラスカ、マルクト、そして世界の安定を保つため。故郷から遠く離れた地に骨を埋め、子々孫々お役目を継いでいくこと誉れに感じております」

弟の言葉に満足げに微笑んだシェーンベルク侯爵に、ディートリッヒも微笑み返して、次いでやや苦笑を浮かべた。

「しかし、最初にインゴベルト陛下とピオニー陛下から伺った時には驚きましたよ。“あの”神託の盾騎士団の総長とは」

「まあ、落ち目の教団の、危険視されている騎士団の総長だからな。普通なら、キムラスカ貴族やマルクト皇室の縁者から総長を出した所で、国にも我がシェーンベルク家にもお前にもメリットは薄い」

シャガール伯爵は二人の言葉に頷き、土産に持参したエンゲーブ産のワインをグラスに注ぎながら言葉を続ける。

「いきなり神託の盾騎士団の解散を要求すれば反発も大きいですからな。ヴァンとその部下が抜けたとはいえ、高い戦闘力を誇った神託の盾騎士団を擁するローレライ教団と全面戦争になれば、勝利は疑いないとしてもこちらの損失は少なくないですし、このパダミヤ大陸を戦争で荒廃させるのも望ましくありませぬ。それにパダミヤ大陸の統治や教団の監視には、統治に関わっていた者や教団の内情を良く知る者の協力も必要ですし、戦禍で統治に必要な資料まで散逸してしまっても後の統治に差し支えまする。騎士団の解散後に職を失った元騎士団員が盗賊に変わる懸念もあり、強力な戦闘力を持つ元軍人の盗賊集団などに跋扈されても堪ったものではない。戦争を避けた上で、人材確保と再就職先の斡旋はしておきたい所でした」

「まずは関係回復を匂わせてマルクト皇室と縁を持つキムラスカ貴族の新総長を送り込み、少しずつ教団や騎士団の人間を懐柔し、将来の監視者配下の官吏や騎士に向く人材、新設した警備隊に入れても問題のない者達を選別し、懐柔できない者や改革の邪魔者、危険人物はティア・グランツ、アニス・タトリンを担いだ反対派として纏める・・・・・・。後は、この隙に乗じて混乱するティア・グランツ派を潰すだけですな。元々が脛に傷を持つ者が多く、過激派や狂信的な預言やユリアの信奉者も集めているし、特に預言への盲信が強いユリアシティの復権もこれで水泡に帰した。懐柔すべきものは既にし尽くしてディートリッヒやトリトハイム導師の元に纏めてあるし、一気に叩くには充分に機は熟しましたな」

「長く中立派の皮を被っていたトリトハイム導師の労も報われますね。これでようやく教団の膿を絞り出して、本格的な改革に乗り出すことができるのですから」

受け取ったグラスを持ち上げると、三人は共犯者の笑みを交わしながら、異口同音にかつて彼らの主君の前で唱えた誓いを繰り返した。

「「「世界の安定のために」」」


※新総長はキムラスカとマルクトのスパイ、そして将来は監視者でした。
監視者についての詳細は次話で。






拍手[16回]








ティア・グランツにはユリアの譜歌を悪用し、キムラスカ王室と姻戚関係にある大貴族の屋敷を襲撃し、王位継承者や非戦闘員を含む多くの人々に危害を加えた過去がある。

アニスの引き渡しから間もなく、教団の有力者が集まった会議の席でディートリッヒがそう口にした時、ティアは何を馬鹿なことを言っているのかと激昂した。

それまでユリアの子孫と喧伝するためにもユリアの譜歌を使えることを強調して特別な音律士として持ち上げられ、ユリアを思わせる聖女のような装いで歌を披露することで信奉者を増やし、称賛と羨望に慣れきっていたティアは、一転して譜歌を、それもユリアの譜歌を悪用したなどと正反対の悪名で詰られることは耐えがたい侮辱としか受け止められず、そう言われる原因が自分自身の行動にあるのを省みることもなく、ただ顔を真っ赤にして噛み付くような勢いで反発を露わにするばかりだった。

「悪用なんてしてないわ!私はユリアの子孫、ユリアの譜歌と想いを受け継ぐ者なのよ、その私がユリアの譜歌を穢すような真似をするはずがないでしょう!?まして秩序を守るローレライの騎士、民間人を護る義務を持つ軍人の私が、非戦闘員にまで危害を加えたなんて侮辱するにもほどがあるわ!!」

「君はND2018年1月23日のファブレ公爵家襲撃の際に、そうルーク様と初めて出会った時に、ルーク様や、メイドなどの使用人を含む多くの人々にユリアの譜歌を使用したと聞くが?」

「それがどうしたというのよ!私は巻き込まないように眠らせただけよ?」

「グランツ奏手!?」

ティア派に属する男性が顔色を変えて止めようとしたが、ティアは頓着せずに反論を続ける。

「私はルークにも屋敷の人達にも危害を加えるつもりはなかったのに、侵入しただけで危害や襲撃だなんて大袈裟に言わないで!」

「おや。これは驚きだ。音律士が譜歌を知らないとは」

「譜歌を知らないはずがないでしょう!大体音律士なら譜歌の知識は常識なのに、そんな音律士はいるはずもないわ。馬鹿なことを言わないで!まして私はユリアの譜歌と想いを受け継いだ──」

「自ら音律士に必須の譜歌の知識を持たないと公言しているのに、馬鹿なことと言われてもねえ」

くっと笑いを漏らしながら、ディートリッヒが列席者のひとりに問うような視線を送ると、ティアよりずっと長く音律士を務め、士官学校では譜歌の講師として教鞭をとっているトリトハイム派に属する女性が頷きを返して譜歌の説明を始めた。

「彼女のナイトメアのように眠りや痺れの効果を持つ譜歌は、攻撃譜歌に分類されるれっきとした武器になります。眠りや痺れのように対象の動きを止めるということは、転倒や追突などの危険性があり、頭を強打したり危険物へ追突するなどで重症や死亡に至ることもあります。加えてナイトメアにはユリアの譜歌の伝承の通りに、下級譜術に匹敵する攻撃力があり、二重の危害を加えていることになります。言うまでもないことですが、戦時に敵に使う以外の使用は厳禁で、悪用以外の何者でもありません。・・・・・・音律士にこんな常識を、知らなければ戦いにおいて仲間や護るべき民間人をも殺傷しかねない必須の知識を持たない者がいたとは、私も信じ難く、同じ音律士として恥ずかしく思います」

流石に自分と同じ音律士で、自分よりも知識も経験も軍歴も豊富で講師まで務めている相手の説明を、侮辱や馬鹿なこととはねつけることはできず、ティアは自分の認識と突きつけられた事実との落差に愕然とする。

自分は一人前の軍人だと、立派に音律士を務めていると、公爵家を襲撃する前からそう自負し、誇っていた。
第七音譜術士と思い込んでいたとはいえ音律士ではないルークが譜歌を知らないことにも、信じられないほどの無知だと呆れていた。
そして今では、ユリアの譜歌を受け継ぐ音律士としての称賛を浴びてきたせいもあって、自分は特別に優れた音律士なのだとすら思っていた。

それが、譜歌を知らない音律士、ユリアの譜歌を悪用した、音律士の恥だと思われているなんて、認めたくなかった、認められなかった。
傲慢なほどに増長した誇り高さは、崩れれた時の痛みも喪失感も大きく重く、幻想に根差した誇りだとしても滅びるのを受け入れることはできなかった。

──もっと早くに、ここまで増長する前に叱責されて無知や愚かさを突きつけられていたならば、痛みも喪失感も今よりも軽く、受け入れて成長することもできたかもしれなかったが。
ろくに叱責も怒りも矯正も受けることない環境は、ティアを無知で愚かなままにした挙句に、それを自覚することもできないほどにティアから成長の見込みを失くしてしまっていた。
ティアは祖父からも仲間からも甘やかされていたが、欠点も問題行動もただなかったことのように流すだけのそれは、成長や改心を願えばこそ厳しく叱るような愛情や友情を受けられなかったということでもあった。

「でも、でもそのことはもう許されたのよ。ルークを送り届けた私に公爵夫人は優しくて、ルークやナタリアの姉のようだと言われたこともあって・・・・・・」

私はルークの姉のように、愚かだった彼を矯正して成長させてやってきた。
だから、出会いに多少問題があったとしても許されると、誇っていたルークとの関係に縋りつく。

それも幻想だとも、とっくに幻は滅んでいることにも、幻想に縋りつく様が道化のように滑稽に映ることにも気付かずに。

「公爵夫人は、タタル渓谷に飛ばされてから帰還するまで、君が真摯に反省してずっと身を呈してルーク様を守ってきたと思っていたからこそ一時は許そうとも思ったが、また旅の間に同行していた使用人から姉のように接していたと、褒める言葉ばかりを聞かされていたからこそ姉だったらなどと言ってしまったが、詳しく調べれば、旅の間はおろか、飛ばされたその晩のうちですらルーク様への態度は無礼極まりなく、盗賊も一緒にされれば怒るなどと面罵したり、当然のように戦わせたり、詠唱中は護れと怒鳴りつけて自分を護らせることまであったと知ってすっかり幻滅したと、許しを撤回すると重い処罰を要請されているが?」

「その何処が悪いというの!あの頃のルークは世間知らずでわがままで、人の気持ちに無神経で頼りなかったのだから、見下されるのは当たり前でしょう?私はそんなルークに、世間や戦いの厳しさを、人を気遣うことを教えてあげていたのよ?飛ばされたその晩のうちからそうする破目になったのだって、ルークの態度がその時からどうしようもなく悪くて、私を苛立たせてばかりいたからだわ!公爵夫人は何か誤解をされているのよ・・・・・・きっとあの時のルークの態度や、私がルークにどう接してきたのかをちゃんと知れば、思い直してまた私を許して下さるはずよ!」

「ほう、ルーク様の何処が?私が聞いた話からはとてもそうは思えなかったが」

「あの頃のルークは安心して背中を預けられる相手だとも思えなかったし、私が辻馬車に乗る代金にペンダントを売ってあげた時も気遣うどころか無神経な態度で呆れさせたし、剣術ごっこしか知らないお坊ちゃんだったから戦いもろくにできなくて、いちいち怒鳴らないと詠唱中に私を護ることもできなかったし・・・・・・それを悪いと思わないのは、あなたがルークと同じように世間知らずで人の気持ちが分からない人間だからだわ!!」

しかしティアがルークの愚鈍と未熟の証明だと考えてきた言動を挙げるほどに、列席者の視線は呆れを含んだ冷たいものなっていった。
ティア派の者たちはもはや天を仰ぐか、頭を抱えて俯くかで、ティアを射殺さんばかりに睨む者までいたが、人の気持ちに、自分と親しい人間の気持ちにすら無頓着に過ごしてきたティアは気付かず、ルークへの態度を誇るかのように胸を張り、ルークに向けていたのと同じ、愚かな弟を見る姉のような眼でディートリッヒを睨みつけていた。

自分は正しい、ルークの態度こそが悪で、それに苛々させられていた自分の方が被害者だった。
悪いルークを叱るのも、否定するのも、自分の思うように成長させるのも、姉や教師のように正しい行為のはずだ。

襲撃と何重もの危害のその晩のうちからそう思い始めていたように、つい先程襲撃と危害を突きつけられてさえ、ティアはルークにも、自分自身にも、自分にとって都合の良い幻想で真実を覆い隠した見方を崩さなかった。

「当時のルーク様は、君の犯罪の被害者であって、教官と新兵でも軍の同僚でもなく、仲間や家族のような親しい関係でもなかった。被害者が加害者から背中を預けられる相手だと思われないことなど問題ではないし、むしろそんな風に図って自分の方が被害者から背中を預けられない相手という自覚がない加害者の方こそが問題だろう。ペンダントにしても、巻き込まれた被害者同士か、たまたまタタル渓谷に居合わせた普通に出会った他人かが、善意で馬車代を負担してくれたとでもいうのならばともかく、被害者が遠く離れた危険な場所に飛ばされた原因の犯罪を起こした加害者が、被害者の帰還費用を払うのは当然の出費だろう。しかもペンダントを売ったのは、君が盗賊も一緒にすれば怒るなどと無神経な面罵をした直後だそうではないか。直前の君の態度が悪かったから、ルーク様も苛々させられたのではないか?」

ティアは髪が長かった頃のルークを、愚かで未熟なお坊ちゃんと馬鹿にしていた。
飛ばされた直後のタタル渓谷ですら、自分を気遣わない、詠唱中に護らない、背中を預けられる相手だと思えないと幾つもの不満や侮蔑や要求を抱き、詠唱中は守って、盗賊も一緒にされれば怒ると口に出して面と向かって要求や罵倒したこともあった。

けれどティアとルークの関係、タタル渓谷の状況、その経緯を、真実を前提にしたならば不満も侮蔑も要求も見当違いで、ルークの態度を悪いと思っていたのは、反対の方向に捻じ曲げることを正しいと誇っていられたのは、ティアが真実を幻想で覆い隠し、加害者と被害者という関係すらもわがままな弟や生徒と叱責する姉や教師のように思い込み、そうされるルークの気持ちに冷酷なほどに無神経で、被害者への態度の悪さすら矯正されないほどに甘やかされた環境にいたからだった。

それはルークへ恋心を抱くようになってからも変わらなかった。
タタル渓谷に二人きりだった時を思い返せば、安心して背中を預けられる相手ではないと思ったとルークに打ち明けて謝罪を受け、買い戻されたペンダントを受け取る時には、あの頃は無神経だったのに成長したと相変わらず過去のルークへの侮蔑を抱いたままでいた。ルークの成長を認めてやっている立場のように見下しながら、ティアは被害者への態度ですら変わるどころか思い返して更に面罵するほどに成長せず、自分が成長していないことも自覚しないほどに、只管に自分で自分を甘やかし続けていた。

「戦いにしても、準備と覚悟の上の武者修行の旅でもなく、背中を預け合うような仲間と望んでの旅でもなく、着の身着のままでの旅も、木刀で戦わされる破目になったのも、君の犯罪に巻き込まれて飛ばされたせいだった。それを被害者に戦わせて、あまつさえ詠唱中に護れと要求するとは、おこがましいにもほどがあるな。互いを守り合うような戦い方は、同僚や仲間がするもので、加害者が被害者に要求するものではない。しかも稽古中に飛ばされたルーク様の武器は稽古用の木刀、君は戦闘用の鉄製の杖を所持していたというのに、ね。先代総長ヴァン・グランツを襲った時にも君はその杖で戦っていたというのに、比較的弱いタタル渓谷の魔物とは戦えないとでもいうのかね?ルーク様に負担を強いてまで詠唱しなくとも、譜歌を使わずに杖で戦えば良かったではないか。戦って下さるだけでも感謝してもし切れないほどだったというのに、その上に背中を預けられる相手だの護ってだの過大な要求をして、叶えられなければ未熟扱いの悪評価を下すなどと、どれだけ無神経で傲慢なのだ?それこそ自分がルーク様の姉か教官だったとでも何か誤解をして、ルーク様の態度を被害者の態度として認識せずにいるのではないかね」

長く旅をしようと、時が経とうと、ルークへ恋心を抱こうと、ティアはルークに加えた危害を、ルークの立場を、状況を、経緯を、それを踏まえた上での自分のルークへの評価や言動を、幻想ではない真実を認識しようとはしなかった。

だからティアは、真実を知っているルークが冷静に過去を思い返した時に、真実を前提にしてティアの言動を思い返した時にどう思うのかも、ルークを大切に思っている人間がそれを聞いてどう思うのかも、想定したことがなかった。
他人が罪を知らずとも追求せずとも、ティア自身は想定すべきだったのに。

しかし元々思い込みが激しくわがままで、自分の行動が他人からどう見られるのかにも無頓着だったティアは、仲間からルークへの態度も、ヴァンとの密会のような問題行動も、責められずに甘やかされてきたことで更に傲慢と無神経を増長させ、自分の罪も影響も深く考えることなく新総長を目指して進み続け、他人を引き連れて地獄への道行きを進んでいった。

自覚していなかった過去の罪を突きつけられ、称賛され自惚れていた美名とは正反対の悪名で詰られ、ルークへ執拗なほどに抱いていた侮蔑と、それに根ざしたルークへの態度の正当化やルークを矯正してやったという自惚れまでを否定されることに、それもよりにもよって反目している、ついこの間追い落とそうと誓いを立てたディートリッヒに追い詰められている現状に耐えかねて、ティアは自分を庇う意見を求めるように周りを見回したが、認識した現状は期待とは正反対のものばかりだった。

ディートリッヒ派のみならず中立のトリトハイム派にまで、更には自分の派閥の者たちにまで凍るように冷たい視線を向けられていることに、ようやく気付いた時には、自分の行動への他人の気持ちを省みた時には、もう何もかもが取り返しがつかなくなっていた。

「この通り、彼女は公爵家襲撃と危害の上に、ルーク様への数限りない理不尽や過大な要求や罵詈雑言を繰り返し、更にルーク様を傷付け危険に晒してきました。これではファブレ公爵夫人が知らなかったからこその許しを撤回し、重い処罰を要請されるのも当然でありましょう。インゴベルト陛下は、ローレライ教団が本当にキムラスカとの関係改善を望むのならば、過去のような問題をこの先も起こさないというのなら、誠意を見せるように、とティア・グランツの引き渡しと賠償を要求されています。公爵家襲撃、王位継承者を含めた多数への譜歌による危害、諸々の罪にどう対処するのか見せて貰おう、とね」

列席者から向けられる、冷たいを通り越した屠殺場に引き出される家畜を見るような視線を見たくなくて、ティアの意思を無視して受け入れがたい「対処」を話し合うのを聞きたくなくて、ティアは彼らから眼を逸らし、派閥の中でも最も信頼を置く青年に身体を寄せると、救いと甘い響きの慰めを求めるように、潤んだ目で熱く見詰めた。
他の人間がなんと言おうとも、どれだけ味方が離れていこうとも、彼だけは自分の味方でいてくれると、今までのように甘く優しく囁きながら自分を導き護ってくれると信じて。

しかし青年は、今までのようにティアの顔色を気遣うように優しく見つめることも、労ることも、甘い響きの声音で囁きかけることもなく、身体を寄せてくるティアを避けるように席を立ち、ティアが拘束される間も、連行される間も、離れた場所に立ったままただ無言で眺めているだけだった。


※ティアは出世して階級が奏手になっています。

シナリオブックには、タタル渓谷でペンダントを売る場面に「ルークの無神経な発言に呆れるティア」と書かれていました。
その直前にティアはルークを盗賊にも劣る様に面罵しているのに・・・・・・。

ガイがルークに「アホが。あからさまな優しさしか分からないのは、ただのガキだぞ」とティアの内面を理解させようとしたことがありますが、ティアの内面って明らかになればなるほど、言動から推察すればするほど、悪い上にルークに酷いものだと思えてきます。

そういえば、ペンダントを売る時のティアはゲームでは後ろ姿だったので表情は分からなかったのですが、アニメではルークを睨みつけていました。
もしルークがそれを見て「ティアは俺の態度に呆れているんだな」と推察したとしても、自分とティアの立場や置かれた状況を踏まえれば、「加害者が帰還費用持つのにいちいち気遣わないと睨まれるのかよ、ウゼ~なんなんだこの女。飛ばされてから一晩も経ってないってのに、もう俺が被害者だってこと忘れてねえか?こいつと一緒にいて本当に大丈夫なのかよ、とても安心して背中を預けられねえ」って余計にティアへ悪印象を抱いて警戒しても仕方がないんですが、ティアがルークに気持ちを推察されなかったのは、本当にティアが可哀相なことなのか疑問です。

(タタル渓谷に飛ばされた時は)「安心して背中を預けられる相手ではないと思ったわ」も、タタル渓谷では言わなくても、崩落編でタタル渓谷にいた頃を思い出した時にルークに面と向かって言って、ルークから謝罪を受けても平然としていたので、ペンダントを売る時に無神経だと呆れていたことも、同じように思い出した時とかにルークや他人に平然と言ってしまいそうです。

長髪ルーク以外のパーティは、ティアがルークに酷い態度をとっても、問題を起しても、それでパーティが迷惑や被害を受けた時にさえ怒りも叱りもせずに甘やかすような態度でいたためか、ティアの性格はストーリーが進むごとに成長どころかわがままや無神経を増しているようにも見えるので、後になって思い返すと、当時より更に傲慢さを増したことを言いそうな気も・・・・・・。

髪が長い頃から屋敷のメイドのことは気遣って失態を庇っていたり、盗賊扱いして連行した挙句倒れるほどの強さで背中に蹴りを入れた村人のことさえ謝罪されれば許していたり、髪が長かった頃のルークに気遣いや、怒りを抑える我慢強さがあったことを窺わせる場面が幾つもあるので、ティアの犯罪で飛ばされた上に盗賊にも劣るとか言われていた頃のルークの態度が無神経だったとかなんとかが、ルークの落ち度やルークの性格を傲慢と図るものになるとは到底思えません。

というかこの頃のルークのティアへの態度は、加害者と被害者という前提の上では相当に容赦したものなんですが、それでも不満や要求が幾つもあって面罵までするって、ティアは一体どれだけの容赦を求めていたんでしょう・・・・・・。




拍手[31回]








アニス・タトリンは大詠師モースのスパイだった。
タルタロス襲撃など数々の事件で手引きし、導師イオンが惑星預言を詠まされて死亡した時も、導師イオンを連れ出したのはアニスだった。

教団の有力者が集まった会議の席でディートリッヒがそう口にした時、ティアは何を馬鹿なことを言っているのかと怒りを露わにした。
アニスがモースのスパイだったことと、心ならずも導師イオンの死の一端を担ってしまったことはティアも知っていた。
しかしアニスは罪を自覚して苦しんだのだし何も今更公にすることはないじゃない、としか思わなかったし、タルタロス襲撃の手引きなど寝耳に水の話だった。

「タルタロス襲撃、及び同時期のマルクト軍駐屯地襲撃事件についてのマルクトとの共同調査によって明らかになった事実です。モースの部下で新生ローレライ教団壊滅のどさくさに紛れて逃走したことで生き延びていた者たちを捕縛、尋問して、既に証言も証拠も揃っていますよ」

ディートリッヒが取り出した音声記録再生用の音機関からアニスへの糾弾を裏付ける証言が再生されるにつれて、列席者の表情は厳しくなり、比例するようにアニスの顔色は青褪めていった。

「あ、あた、あたしは・・・・・パパとママが、借金があって、人質にとられて、仕方、なく・・・・・・」

「アニスにも事情があったのよ!やりたくない罪に手を染めさせられたアニスだって辛かったのに、どうして今更アニスを、こんな大勢の前で責めるようなことをするの!」

「それにしては不審な点が多くありますな。まずタトリン夫妻は、イオン様殺害の際には人質にされていたものの、それ以前には監禁もされず、行動を制限もされず、旅行を計画していたことまであったとか。お仲間と共に両親と接触したことも何度もあり、その時に相談して両親を連れて逃げることだって可能だったのでは?またモースは外郭大地降下後に大詠師の職を追われ、査問会のために拘留され、更には護送船から脱出して行方不明になってました。その時ですら、彼女は説法代詐欺にうつつを抜かし、この機に乗じて両親を逃がそうともしていないし、その頃にも長く行動を共にしていた仲間へ相談していない。これで両親が人質に捕られて困っていた、そのために苦渋の末に罪を犯さざるを得なかったと言われても、鵜呑みにするのは無理というもの」

アニスの言い訳も、同情を期待するような上目遣いも一顧だにせず、ディートリッヒはあっさりと言い訳と相反するアニスの言動を次々に挙げていく。
列席者の表情は和らぐどころかますます厳しさを増し、アニスの顔色はもはや土気色になり、声だけではなく身体まで、椅子に座っているのも危ういほどに激しく震わせていた。

「それに彼女には以前から、イオン様の護衛放棄と、イオン様を軽んじるような言動が多々ありました」

「アニスはルークなんかとは違って、職務に懸命で、イオン様を尊重してきたわ!あなたには他人の誇りを、人の気持ちを思い遣るということができないの!?これだから傲慢で無神経なお坊ちゃん『たち』は・・・・・・少しは成長してちょうだい!ルークだって少しは成長して私の顔色を窺うようになっていたのに・・・・・・」

ディートリッヒを見ていると髪が長かった頃のルークを思い出すのに加えて、アニスの導師守護役としての誇りもイオンへの気持ちも疑う態度が、あの頃のルークが自分の気持ちに無神経な態度をとっていたのに重なって見えたティアは、ルークへの蔑みを加えながら、ルークと同じように矯正してやろうとばかりに、弟を叱りつける姉のような態度でディートリッヒを叱責し続けた。

ティア派の男性に宥められてようやく止まったものの、それをディートリッヒ派のみならず中立のトリトハイム派まで呆れを浮かべて見ていることには気付かないままで、自分の言動に他人が抱く気持ちなど、そして出会った頃のルークの立場や気持ちなど、考えようともしないままだった。

「イオン様がエンゲーブでチーグルの森にお一人で向かわれた時も、バチカルで漆黒の翼に誘拐された時も、彼女はイオン様の護衛を怠っていました。まして何時ものように多数の守護役が同行しているわけではなく、彼女がたったひとりの守護役だったというのに。そしてアクゼリュス救援に際しては、イオン様がキムラスカとマルクトの和平締結と、アクゼリュスの住人を救うことを強く願っておられたにも関わらず、アニス・タトリンは和平の使者にしてアクゼリュス救援要請の使者でもあったジェイド・カーティスの乗ったタルタロス襲撃を手引きして、キムラスカへの到着を妨害し、大幅に遅らせ、タルタロスと救助の人員や物資を失わせてもいる。仮にその時は目的を知らなかったとしても、親善大使一行に同行するようになってからは知ったはずなのに、タルタロス襲撃が救援の遅延や救助の人員や物資の喪失を招いたアクゼリュスの中で、イオン様の前で、アクゼリュスの鉱石が高価だと聞くと『こっそり持ってっちゃえば大金持ちだね』などとはしゃいでいたという証言もジェイド・カーティスから得られています。冗談にしても、アクゼリュス救援の遅延や救助の人員や物資の喪失の一端を担い、アクゼリュスを救いたいという導師の願いを妨害していた罪悪感があるのなら、このような態度はとれますまい。彼女には元々、イオン様の守護役の任を果たす気などなく、イオン様の身の安全もお気持ちもどうでも良かったとしか思えませんな」

元々アニスが担ぎ出されたのは『最後の導師イオンを献身的に守護し、深い信頼を受けていた』という美名のためだった。
それが一転、導師の護衛を放棄し、悪名高いモースのスパイとして動き、散々に導師の身も心も軽んじた挙句に、導師の死の一因だったというのでは、美名はくるりと裏返る。

──本当に教団のためを思うなら、アニスは導師を目指すべきではなかった。
隠蔽されている過去の罪が暴かれた時に、アニスが導師になっていたり、導師を目指して派閥を形成していれば、アニスのみならず教団や派閥にまで迷惑がかかり、アニスひとりの問題ではなくなってしまう。
そして幾ら隠蔽しようと、真相を知るモースの部下全員の口を封じられる訳でも、マルクトが真相を突き止めるのを止める手がある訳でもないのでは、何れは罪を暴かれる可能性を、他人が罪を知らずとも追求せずとも、アニス自身は想定すべきだった。
アニスの犯した罪も、アニスの力も、嘘を嘘と貫き通せるようなものではなかったのに。

しかし自分の罪に無自覚で、自分の行動が他人からどう見られるのかにも無頓着だったアニスは、自分の罪も影響も深く考えることなく初の女性導師を目指して進み続け、他人を引き連れて地獄への道行きを進んでいった。

「ピオニー陛下は、ローレライ教団が本当にマルクト帝国との関係改善を望むのならば、過去のような問題をこの先も起こさないというのならば、誠意を見せるように、とアニス・タトリンの引き渡しと賠償を要求されています。タルタロス襲撃、マルクト軍駐屯地襲撃事件、諸々の罪にどう対処するのか見せて貰おう、とね」

ティアが必死に反対しても、アニスを庇っても、中立のトリトハイムを含めた多数の意見を覆すことはできず、アニスは神託の盾騎士団から除名され、拘束された上でマルクトへと引き渡されることが決定した。

反目しているディートリッヒの言う通りにするのが癪なのに加えて、親しい友人で今では教団での重要な味方になっていたアニスを失うなど受け入れられず荒れに荒れ、マルクトへ引き渡される前にアニスを逃がそうと決意したティアを止めたのは、またもあのティアが派閥の中で最も信頼している青年だった。

青年はティアの顔色を気遣うように優しく見つめた後、八つ当たりに家具を殴りつけて赤くなっているティアの手を取って労る様に擦りながら、戦争回避のために引き渡しは仕方ない、あなたが新しい総長になれば減刑の嘆願もできましょう、お辛いでしょうがどうか今は御辛抱を、大丈夫、彼女がいなくなっても私たちが、この私がついておりますと、一層甘い響きの声音で囁きかけた。

ティアはうっとりとその声音に耳を委ねた後、渋々頷きを返しながらも、ディートリッヒへの反感は募るばかりで、せめてもの抵抗とばかりに、心の内でアニスにディートリッヒを追い落して救いだすことを固く誓った。

そしてマルクトからの要求に応じてアニス・タトリンは引き渡された。
タルタロス襲撃の賠償としてパダミヤ大陸西部の北半分がマルクトに割譲され、皇帝の直轄地になり、更にマルクト軍駐屯地襲撃事件の賠償としてローレライ教団や神託の盾騎士団が所有していたマルクト国内の領地もマルクトに割譲され、皇帝領や、功績を挙げた商人や技術者への報酬として新貴族領となっていった。

パダミヤ大陸西北の皇帝の直轄地では、当初は領民の不安や反発もあったものの、ピオニーが派遣した代官の穏健な統治と、財政悪化の補填に教団が課していた重税からの解放によって以前よりも格段に向上する生活のうちに落ち着きを取り戻し、むしろマルクト領となったことを喜びの内に受け入れていった。


※マルクト軍駐屯地襲撃事件
漫画「鮮血のアッシュ」冒頭の、マルクト領東ルグニカ平野の駐屯地が、恐らくはタルタロスの追跡路に位置して神託の盾騎士団の追跡を目撃したために襲撃された事件です。
書かれていたのは一件ですが、タルタロスの移動距離を考えると何件も起きていそうですし、皆殺しにされているので被害も、当時はタルタロス襲撃も知らないので真相が分からないマルクトの混乱も、かなり大きくなっていそうです。

ゲームではセントビナーでシンクが、セントビナーやエンゲーブに駐留し続けてマルクト軍を刺激すると外交問題に発展するからと兵の撤退を決めているので、一応あの時点でも、マルクトと外交問題を引き起こすのは不味いという認識はあったようですし、マクガヴァン元帥のように反感を募らせている人もいましたし、預言を笠に着ていた当時以上に、ED後の外交問題への対処は厳しくなりそうな気がします。

しかしシンク(実年齢2歳)が外交問題を気にしているのに、大人や十代にそういう認識が薄いって一体・・・・・・。
ティアなんて冒頭で大貴族の屋敷を襲って王族や非戦闘員を含む住人に危害を加えても、譜歌で攻撃していても、
自分のやったことが外交問題なんて気にするそぶりもなく、イオンへの報告すらしないままで和平の使者一行に同行していますし、ジェイドなんて35歳でパーティの頭脳的ポジなのに、これから和平と救援を申し込む国の国王の甥(実質次期国王)に協力しないと軟禁すると脅迫していますし。
というか仲間にそういう認識がある人がひとりもいないって一体・・・・・・。







拍手[21回]








キムラスカから、ナタリア王女殺害、あるいは遺棄致死の疑いをかけられている。

教団の有力者が集まった会議の席でディートリッヒがそう口にした時、ティアはアニスと共に何を馬鹿なことを言っているのかと失笑を漏らした。
何時もディートリッヒの意見に対してそうしてきたように侮蔑を露に、愚かな子供を叱るような眼で睨みつけて。

ディートリッヒは今までにも会議の席で様々な改革案や、キムラスカ、マルクトとの外交に関わる意見を出していたが、
ティアはその内容よりも、貴族のお坊ちゃんで、かつ自分への気遣いも説教に従う態度もとらないディートリッヒへの反感と、その度に自分の支援者や信奉者がディートリッヒの案に反対し、ティアへの称賛とディートリッヒへの侮蔑を交えながら聞かせてきたために、ディートリッヒの意見など世間知らずなお坊ちゃんの戯言と、反対し、見下し、矯正すべきものだという見方をますます頑なにしていた。

「何言っているのよ、ナタリアは生きているじゃない。突然馬鹿なことを言わないで頂戴」

ルークと同じようにティアやアニスを避けるようになったナタリアとはもう長く会ってはいなかったけれど、それでも元気にしていることは知っているし、つい先日キムラスカ貴族との婚約の噂を──アッシュではなく別の男性で、ティアはやはり政略結婚の悲劇ととって、怒りと侮蔑とナタリアへの同情を感じただけだった──聞いたばかりだったから。
しかしティアとアニス以外の列席者は亡くなったナタリア王女という人物が別にいることに直ぐに気付き、一様に顔色を悪くすると、まさかモースが、そういえば出産の時に預言士を、乳母の犯行も唆して、と呟いて、誰もが笑いとは程遠い反応を示した。

「方々がご推察の通り、ND1999年に産まれて直ぐにすり替えられた、亡くなったナタリア王女の方ですよ」

それでもティアとアニスには意味が分からず、何を馬鹿なことを言っているのかという態度を崩さなかった。
ナタリアとすり替えられた王女のことは二人も知ってはいたが、死産で亡くなったという王女の殺害や遺棄致死の疑惑など、何故教団がかけられなければならないのかと。

そのあからさまに自分を見下した態度にも、ディートリッヒは臆することもなく、二人の態度など頓着しないというように動揺の欠片も見せなかった。

ディートリッヒは二人に、特にティアに対しては何時もこんな態度で、それが出会った頃の自分の顔色を窺いもしなかった失礼で無神経で、わがままだったルークを思い出させ、また自分の顔色を窺って怯えるようになった頃のルークと同じように矯正しようという熱意に拍車をかけていた。

「出産に立ち会い、直後に追い出された医師団、すり替えた乳母や預言士からの聞き取り調査でも、ナタリア王女の出生時の生死は判明しておりません。産声が上がらなかったとは言っていましたが、赤子は産声を上げないこともあり、呼吸が止まっているような状態であっても医師の適切な処置で蘇生することもあります。現に、出生時に産声も呼吸もなかったというファブレ公爵夫人は医師団の措置で蘇生して、成人もされている。ナタリア王女出生時には、医師団は直ぐに乳母と預言士に追い出され、生死の確認も、救命措置も行っていません。しかも、ナタリア王女は直ぐに袋に入れられて地面に埋められたということですから、呼吸はあったのに、生きて産まれていたのに、拘束と生き埋めのために窒息死したという可能性もある」

「でも、秘預言に死産と詠まれていたはずでしょう?だったら死んでいたに決まっているじゃない!そんなの邪推だわ!モース様は、行き過ぎてあんなことになってしまったとしても、人類の繁栄を祈っておられたのよ。そんな、赤ん坊を手にかけるだなんてあまりにも酷い疑いだわ!!」

「そうですよ~だからモースも、ナタリアとすり替えたんじゃないんですか~。ナタリアのお婆さんだって、預言だと言われたから従ったんでしょう?」

ディートリッヒ派のみならず中立のトリトハイム派までが顔を顰めて二人を見ていることにも気付かず、ティアは未だに上司だった──といってもそれほどの親交があったわけでもないはずだが──モースを庇い、疑惑を頭ごなしに否定した。

モースが預言のために多くの人々を見殺しにしてきたことを分かっていると言いつつも、口だけで内心では考えが浅いのか、それともモースを盲信し導師に口答えしてまで庇っていた過去の自分を否定したくないのか、ティアは未だに何かとモースに好意的な評価を口にすることがあった。

自分自身の行動や他人から向けられる感情に、明確な罪や危害へのものにすらも自覚的でないティアには、他人の罪や他人への気持ちなどそれ以上に遠く、たまに考えることがあっても表層的な見方が精々で、深く考えることなく過ごしていた。

「さあ、秘預言とて詠まれていたのは何処までなのか・・・・・・。乳母は譜石を見せられた訳ではなく預言士にそう言われただけと、預言士もモースにそう言われただけでという供述で、どちらも直接譜石を確認してはいないし、過去の秘預言に関わる譜石の多くはモースの管理にあったのが散逸してしまっているので、確認のしようがありません。すり替えの秘預言はあったとしても、すり替えられるとだけ詠まれていたのか、死ぬとも詠まれていたとしても死因は何なのかが判然としないのでは、モースの命令で預言士が殺害した疑いも、救命措置をとらなかったことで死亡したり、拘束と生き埋めのせいで窒息死した疑いも到底払拭できません。ND2018年、キムラスカは第三王位継承者殺害を名分にしてマルクトへ宣戦布告しています。キムラスカ王女殺害、あるいは遺棄致死。疑惑であっても、王族殺害や致死の重大さは語るまでもありますまい。まして命令したモースは、目的のためなら手段も犠牲も厭わないことが、数々の惨禍を起したことで明々白々なのでは、他の事件でも幾らでも、そう無事に産まれた赤子の殺害や遺棄致死も奴ならばやりかねない、そう思われるでしょうな」

ティアとアニスを除いた列席者はディートリッヒに頷きを返し、次々にキムラスカへの賠償と戦争回避への方策を話し合い始めた。
まだ納得していないティアとアニスも、こうなってはそれ以上異論を唱えるのは難しかったが、それでも反目しているディートリッヒの言う通りにするのが癪なティアは唇を噛むと、隣席していた青年に視線を移す。

「速やかに謝罪と、賠償を行うことでなんとか宣戦布告は回避するしか・・・・・・」

「しかし、賠償と言っても今の教団の財政状況では・・・・・・」

「キムラスカ国内には教団や神託の盾騎士団の領地が幾つもある。それを引き渡すことでなんとかならないだろうか」

「痛い損失だが、止むをえまい。今は何よりも戦争を避けるのが・・・・・・」

気に入らない、けれど反対も出来ない話が続く中、青年を見つめるティアの目は助けを求めるような色と、別の何かを求めるような熱を帯びていた。
青年はティア派に属する、というよりはティア信奉者のひとりで、ティアが最も信頼している相手だった。
淡麗な容姿と落ち着いた物腰、甘い響きの声で向けられる降るような称賛に、ティアは何時も胸を苦しいほどに高鳴らせていた。

青年はティアの顔色を気遣うように優しく見つめ返すと、小声で戦争回避のために賠償は仕方ない、ご不満でしょうがどうか今は御辛抱を、と甘い響きの声音で囁きかけた。

ティアはうっとりとその声音に耳を委ねた後、優しい視線を熱く潤んだ目で見返しながら頷いたものの、ディートリッヒへの反感は募るばかりで、せめてもの抵抗とばかりに、ディートリッヒを無言で強く睨みつけた。


そしてローレライ教団や神託の盾騎士団が所有していたキムラスカ国内の領地は賠償として割譲され、その領地は国王領や、功績を挙げた商人や技術者への報酬として新貴族領となっていった。

教団領や騎士団領といっても、海を隔てたパダミヤ大陸のダアトとは違いキムラスカ国内に位置するため、領民は心理的にも文化や言語的にもキムラスカに近く、派遣された官吏や新しい領主の統治が穏健だったためもあり、然程の反発も起きずにキムラスカ領へと馴染んでいった。






拍手[17回]

二次創作サイト『bubble』の生存報告と、小ネタ、小話、感想等投下用ブログです。 アンチ、ヘイト、厳しめ傾向や女性向け、ネタバレなどが含まれることがありますので、苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
           
忍者ブログ [PR]


Designed by Pepe